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名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)1564号 判決 2000年5月19日

愛知県津島市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

織田幸二

名古屋市<以下省略>

被告

大起産業株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

主文

一  被告は、原告に対し、金五六四万一三八七円及び内金五一四万一三八七円これに対する平成九年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告は、原告に対し、一一二八万二七七四円及び内金一〇二八万二七七四円に対する平成九年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、平成八年八月六日から平成九年三月三一日までの間、被告に委託して、パラジウムの商品先物取引を行った際、被告従業員らの勧誘及び取引が違法不当であったして、主位的には被告の組織的な委託者保護義務に反する不法行為であるとして民法七〇九条に基づき、予備的には右行為は被告の業務の執行につき加えられたものであるとして民法七一五条に基づき、さらに予備的には商品先物取引の委託契約に基づく善管注意義務の債務不履行(民法四一五条)に基づいて、右取引によって被った損害(取引損合計一〇二八万二七七四円、弁護士費用一〇〇万円)の損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

原告は、昭和三七年生の男性で、化粧品販売等を業とする株式会社aの従業員である。

被告は、商品先物取引の受託業務等を目的とする株式会社で、東京工業品取引所等の商品取引所の商品取引員の資格を有し、B(以下「B」という。)、C(以下「C」という。)、D(以下「D」という。)、E(以下「E」という。)、F(以下「F」という。)及びG(以下「G」という。)は、被告の従業員であった。

2  取引の経過

(一) 原告は、被告と、平成八年八月六日、取引約諾書に署名押印して、商品先物取引の委託契約を締結し、これに基づき、平成八年八月七日から平成九年三月三一日までの間、別紙売買取引一覧表記載のとおり、パラジウムについて建玉取引及び仕切取引を行った(以下「本件取引」という。)。

(二) 本件取引の結果、原告は、被告に対し、委託証拠金一〇三二万七三七八円を預け、売買手数料一六六万七五〇〇円及び取引税・消費税五万四七七四円を支払い、売買差損が八五六万〇五〇〇円となり、被告から、清算金四万四六〇四円の返還を受けた。

二  争点

1  勧誘及び取引の違法性

(原告の主張)

商品先物取引は、本質的内在的に高度の危険性を有することから、委託者保護のために商品取引員には高度の注意義務が課されており、これを具体化したものとして種々の法規制がなされているところ、商品取引員が右法規制に反する行為を行い、当該違反行為が自らの利益獲得のため委託者の犠牲のもとで遂行されたような場合には高度の違法性、有責性が認められる。

本件取引において、被告従業員らは、原告が商品先物取引の知識も経験もなく、投機取引を行う適格性がないことを承知しながら、共謀して役割分担の上、次のとおり、原告に、商品先物取引の投機性、危険性について殆ど説明することなく、原告に商品先物取引を行う適格性がなくなった後も断定的判断を提供するなどして取引を継続し、しかも、手数料稼ぎの目的で取引を繰り返させて損害を与えたものであり、右一連の行為は委託者保護規定に違反する被告の組織的行為であり、また、右行為は被告の業務の執行につき加えられたものであるから、被告は主位的には民法七〇九条により、予備的には同法七一五条、若しくは委託契約における善管注意義務の債務不履行(同法四一五条)により損害を賠償する義務がある。

(一) 勧誘における違法性

Bは、無差別に電話勧誘し、原告が断っているにもかかわらず、予約もなく原告を会社に訪問した。Bは、原告に対し、パラジウムは危険性の少ない商品で、貯蓄感覚ではじめられる取引である旨説明して、商品先物取引の投機性、危険性について殆ど説明しなかったもので、右は商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(以下「指示事項」という。)1(3)、協定4、自主規制定五条二項の禁止する投機性等についての説明の欠如にあたる違法なものである。また、原告の適格性についての調査をしようともせず、憶測に基づいて顧客カードに事実と異なる資産、収入等を記載した。

(二) 取引における違法性

(1) 被告従業員らは、原告が平成九年一月二三日には自己資金が尽き、その旨伝えているにもかかわらず、すぐに損は取り戻せる旨述べるなどと断定的判断を提供して、取引を継続・拡大させたものであって、右は取引不適格者に対する取引勧誘といえる。

(2) 商品取引所法(以下「商取法」という。)、同施行規則(以下「規則」という。)並びに受託契約準則等は、商品取引員による無断売買及び一任売買を禁止しているところ、被告従業員らは、取引の進行にあたり、無断売買(取引番号6)、限月、枚数、指値または成行について具体的指示を受けずに注文執行することを繰り返すという、無断売買に限りなく近い一任売買をした(商取法九四条三号、四号。規則三三条三号。準則二三条一号、二号、五条)。

(3) 受託業務指導基準、指示事項2(1)及び商取法九四条三号は、無意味な反復売買(買い(売り)直し、手数料不抜け、途転)を禁止している。

また、商品取引員に対する監督官庁は、無意味な反復売買のチェック基準(昭和六三年一二月二七日付農林水産省食品流通局商業課長通達「委託者売買状況チェックシステムについて」あるいは通産省の「売買状況に関するミニマムモニタリング」。以下「チェック基準」という。)を設け、売り(買い)直し、途転、日計り、両建玉、手数料不抜けを特定売買とし、この比率を全体の取引の二〇パーセント、手数料化率を一〇パーセント程度、売買回転率を月間三回以内に止める方向で指導することとしている。右基準の合理性からすると、取引継続段階における違法性判断基準として採用されるべきである。

本件取引の全取引回数三九回のうち、特定売買は、両建二四回、途転六回、日計り五回、手数料不抜け三回の累計三八回であり、重複分を差し引くと二六回(六六・六七パーセント)となり、その外にも特定売買に限りなく近い取引もある。また、本件取引において、損金は一〇二八万二七七四円、委託手数料は一六六万七五〇〇円であるから、手数料化率は一六・二パーセントとなり、取引期間は二三七日、取引回数は三九回であるから、売買回転率は月平均四・四九回となり、特に新規委託者保護期間経過後の平成八年一二月二一日から後は月平均九・八二回となっており、違法である。特に、本件取引では、平成九年二月三日以降、常時両建を短期間に繰り返し、因果玉を放置して、結果として損失を拡大させた。

(被告の主張)

商品先物取引は誰にでも容易に理解できるものであり、また、委託者は、商品先物取引の専門家である商品取引員の相場観に依拠して取引をすることができるので、高度の知識は不要であり、また、商品先物取引の危険性は現在では常識というべきものであって、誰もが商品先物取引についての適格性を有しているというべきである。原告は、次のとおり、商品先物取引の危険性を了知した上、その判断と責任の下、独自の相場感に基づき、損失の回復に固執して、本件取引をしたものであって、自己責任の原則に基づき、取引の結果を甘受すべきである。

(一) Bは、原告に対し、商品先物取引に関するパンフレット、グラフ等の資料を示して、投機的取引であること、売買の方法、差損益の計算方法、委託手数料の額、取引の担保として必要な委託証拠金の額及び種類等について説明し、受託契約準則、危険開示告知書の内容の説明と交付をした。また、原告は、商品先物取引の経験があり、これについての知識と判断力を有していた。

(二)(1) 被告が、原告から、借入をしていると聞いたのは、平成九年二月二一日であり、しかも父親からの援助を受けていると聞いたのであって、サラ金から借りているとか妹から借りているという話は聞いていない。

(2) 被告従業員らは、本件取引において、取引の都度、原告の注文内容及び必要な委託証拠金の額を確認して受注し、成立した売買については担当者から電話で報告するとともに、「売買報告書及び売買計算書」を送付して確認を求め、月一回「残高照合通知書」を送付して、原告に確認を求めながら取引をしたものであって、一任売買、無断売買の事実はない。

(3) チェック基準は、商品取引員の新規受託者についての受託業務全般を対象としているものであって、個別事案を対象とするものではなく、特定売買が違法性の強い取引形態であるとしているものでもない上、平成一一年四月には廃止されている。また、チェック基準に基づく、原告主張のような行政指導もないうえ、特定売買は、それぞれ必要かつ有益な相場手法であって、違法、不当と非難されるべきものではない。さらに、原告主張の手数料化率や売買回転率は、相場変動や委託者の売買方法に左右される偶然的なものであることを無視した不当な議論である。

2  損害

(原告の主張)

原告は、本件取引により取引損失一〇二八万二七七四円相当額の損害を被り、また、原告代理人に委任して本件訴訟を提起し、一〇〇万円を下らない弁護士費用の負担を余儀なくされた。

第三当裁判所の判断

一  取引の経過

当事者間に争いのない事実、証拠(甲一の1、2、一〇の2、一一ないし一六、一七ないし一九の各1、2、二〇、二一、二四の1、2、乙四の1、2、五、六の3、七の3、九、一〇、一三の1ないし9、一四の1ないし6、一五の1ないし28、一九、二一ないし二四、二六、証人B、同D、原告本人)及び弁論の全趣旨よれば、本件取引の経過の概要は、次のとおりである(前掲証拠のうち、次の認定に反する部分は採用しない。)

1  原告は、b大学を卒業後、株式会社aに勤務し、本件取引当時は係長として化粧品販売の外交員の研修等を担当しており、その平成八年七月頃の預金は約四七〇万円であり、平成八年度の年収は支給総額約四六〇万円であった。

原告は、平成四年一〇月頃から半年間、ダイワフューチャーズで白金の商品先物取引をし、六万三〇〇〇円投資して、五万円の損をして終わった経験があり、商品先物取引委託のガイドの交付を受けたこともあり、商品先物取引に関する一応の知識があった。

パラジウムの取引単位は一・五キログラムであり、約定値段の対象単位の一五〇〇倍の売買差損益が発生する取引である。

2(一)  原告は、Bから、平成八年六月頃、パラジウムは変動が小さくリスクの少ない商品であるなどとの電話勧誘を受けたものの、取引をすることは断っていた。原告は、同月一三日頃、突然、勤務先に原告を訪ねてきたBから、商品取引委託のガイド、パンフレット等を示され、商品先物取引の危険性(元本保証ではないこと)、仕組みについて説明を受け、また、商品先物取引受託のガイド(乙四の1)を受領するとともに、パラジウムは変動が少ないので儲けは余り期待できないが、危険も少ない、貯金感覚でできる取引であるなどとの説明も受けた。原告は、同年八月六日、Bの説明を再度受けた上、Bの提案で、最小の取引単位と説明を受けたパラジウム四月限買一〇枚を建てることになり、そのために必要な委託証拠金四九万五〇〇〇円を預け、取引約諾書(乙一の1)に署名押印した。右建玉の際、原告は、限月、値段の指示をしてはいない。

(二)  Bは、原告に対し、同年八月七日、御届出印鑑書の年齢を三四歳では具合が悪いので三五歳にするよう求め、原告はこれに応じた、また、原告に何ら確認することなく、顧客カード(乙一九)に、年収八〇〇万円、預金額一〇〇〇万円等と記載した。

3  Cは、電話で、同年八月二〇日 パラジウムの値が下がっていること、一時的な値下がりと思われることを告げて、難平買いをするよう勧めた。原告は、これに応じて、五〇万円の範囲で難平買いをすることにしたところ、四月限買一〇枚を建てる結果となった。その後、原告は、Cに委託証拠金四九万五〇〇〇円を預けた。

4(一)  Dは、同年九月二四日、パラジウムが値下がりして、追証拠金四九万五〇〇〇円が必要となった旨伝えた。原告は、すぐに使える手持ち資金がなかったため、消費者金融から約五〇万円借り入れて、被告に右追証拠金を預けた。

(二)  その際、Dが、決済する等の他の対処方法があることを告げて、原告に検討させたかには、必ずしも明らかではないが、原告は、商品先物取引受託のガイド等の資料を受け取っており、他社での取引経験もあり、後記5のとおり手仕舞いも知っていることから、対処方法が追証拠金を預けることだけでないことは知っていたものと認められる。

5(一)  原告は、同年一二月、一向に値段が上がってこないことから、手仕舞いしようとしたが、Dは、値下がりを期待して、手持ちの買建玉を仕切って、空売りをすることを勧め、また、資金を準備するよう求めた。原告は、これに応じて、同月一〇日、証拠金四九万五〇〇〇円を支払い、同月一二日、前記2、3の買二〇枚を仕切って(内四枚は、同日は不成立となり、翌日仕切った。)、一〇月限売二〇枚を建てた。右仕切の結果、四一万九七三八円の損失が確定した。

(二)  Dは、原告に対し、同年一二月一三日、返還可能額が五七万〇二六二円あることを伝え、年末年始の用心に預け続けることを勧め、原告はこれに従った。

6(一)  Dは、パラジウムが値上がりしてきている、もう天井も近いなどと述べて、売難平を勧め、原告は、これに応じて、平成九年一月六日に一〇月限売一〇枚を、同年一月九日に一〇月限売五枚を、同年一月一〇日に一〇月限売四枚を建て、同年一月一〇日に委託証拠金一七万二二三八円を預けた。また、原告は、Eから、売建てを四〇枚にしようと勧められて、同年一月一三日、一〇月限売一枚を建て、追証拠金二四万七五〇〇円を預けた。

(二)  Dは、同年一月一七日、追証拠金九九万円が発生したと連絡し、また、同月二〇日、パラジウムは値上がり傾向にあり、入金前だが売買は先行する、平均値をよくするために、一一枚売建てて、四三〇円売を一枚仕切って、五〇枚にすることを勧めた。原告は、相場動向に対する対応が分からなかったことから、これに従った結果四万七九八六円の損失が確定し、証拠金五四万四五〇〇円を預けた。

(三)  原告は、同年一月頃には、建玉の枚数、約定値段をワープロ入力して記録し、経済新聞やDの報告から値動きを把握し、追証拠金の要否、売買差損益の有無を確認していた。

原告は、売買差損益については、値動きに伴い常に変動するので、把握しようとはしていなかった旨述べるが、損失が発生している状況下で、損失の回復と利益の獲得を目指して本件取引を継続拡大していることと矛盾し、採用できない。

7(一)  Dは、同年一月二三日、追証拠金一一八万〇八〇〇円が発生し、前項の損失と合わせて一二三万五九八六円が必要である旨伝えた。原告は、手持ち資金だけでは右金員を支払うことはできなかったので、その旨、Dに伝えると、Dは「値が下がればすぐはずせる。」などと述べた上、証拠金の預け入れを猶予した。原告は、消費者金融から一〇万円を借入し、同月二七日、被告に右金員を預けた。また、原告は、Dから、同日、次ぎの追証まで二円しかないので、資金を準備するよう言われた。

(二)  Dは、同月三〇日、月末なので用心のため一回分の追証拠金を用意して欲しい旨、もう値下がりはじめる旨述べ、原告は、これに対し、預金がもうない旨述べたものの、翌三一日には、預金から三五万円、妹から借りた二〇万円、及び消費者金融から借りた九〇万円のうち一二三万七五〇〇円を被告に預けた。

(三)  Dは、同年二月三日、パラジウムはさらに値上がりの可能性があるとして、両建を勧め、値動きによってはすぐに手放すので資金の心配はない旨述べ、原告は、勤務の都合上、詳しい説明を求める時間の余裕もなく、Dの説明がよく理解できなかったものの、これに応じることとし、その結果、一二月限買三〇枚が建てられた。

(四)  Dは、翌四日、パラジウムの値動きは少ないが、用心のため昨日の買三〇枚をはずすことを勧め、原告は、Dが最善の方法である旨述べたことから、これに応じて、四万五三四六円の損失が確定した。

(五)  DとGは、同年二月六日、パラジウムは大きく値上がりしている、五二〇円から五三〇円位が上限である、このままでは追証拠金一二三万七五〇〇円が必要である、同枚数を買い建てて上がりきったところで利益を取った方が得である、今なら追加資金は必要がないなどと両建を勧めたので、原告はこれに従うこととし、翌日、一〇月限買五〇枚を建てた。

(六)  同年二月七日、原告は、一二三万七五〇〇円を預けたところ、Dは、同日、五一七円で建てた結果、中追証三七一万二五〇〇円が必要である旨伝え、原告は、消費者金融や親兄弟にも借金してこれ以上資金の用意は簡単にはできない旨応答したので、Dは、入金は、翌週末まで待つこととなった。

8(一)  Dは、同年二月一二日、原告から、その時点で全てを決済したら、どの位の損金がでるか尋ねられて、約六二五万三〇〇〇円である旨回答し、決済する意思があるのか尋ねたところ、原告は、その意思はないということであった。

(二)  原告は、Gに対し、翌一三日、パラジウムの値動きの見通しを尋ねたところ、Gは、値上がりが続く旨述べ、資金手当をして買い足すことを勧めた。Dは、同月二一日に三七一万二五〇〇円を入金する予定で、買三三枚を建てることを勧め、原告はこれに応じて、同月一四日、一二月限買三三枚を建てるとともに、金融機関等に借入の申込みをした。ところが、パラジウムは、同日中に大きく値下がりはじめた。

(三)  Dは、同年二月一四日、前日ストップ高となって、最高値を更新していること等から、証拠金の預け入れがなくても、売買を先行していくことを勧め、原告は、一二月限買三三枚を建てた。

(四)  Dは、同年二月一八日、パラジウムの値下がりが続いていることから、五一七円で買った五〇枚を仕切る旨伝え、翌日、一〇月限買五〇枚を仕切り、三七万五五一九円の利益となったので、証拠金に振り替えた結果、追証拠金は三七〇万八二三一円となった。

(五)  Dは、原告に対し、同年二月二一日、パラジウムは値下がりしているので、値上がりを期待して、売五〇枚、買六〇枚とするために、安値で買二七枚を建てることを勧めた、原告は仕事中のため時間の余裕がなく、Dの説明がよく理解できないまま右勧めに従い、一二月限買二七枚を建てた。ところが、午後に、Dは、原告に対し、値上がりしきらないことから、右二七枚を仕切ることを勧め、原告はこれに応じ、一六万一九三一円の利益となった。また、原告は、被告に三七一万五〇〇〇円を預けた。

(六)  Dは、同年二月二四日値上がりしている旨報告して、バランスを良くするため、一〇月限売一枚仕切り、一二月限買一枚を建てることを勧め、原告はこれに応じた。

(七)  Dは、同年二月二八日、パラジウムはストップ高で始まったこと、追証拠金二〇五万三五三八円が発生したこと、売買は先行していくのでうまくいけば入金せずに済む可能性もある、入金は猶予してもらうよう話しておく旨伝えた。

(八)  Dは、同年三月三日、急な値下がりに備えて、買いを全部仕切る旨伝え、一二月限買三四枚を仕切り、六三万六〇〇〇円の利益が出た。

(九)  Dは、同年三月四日、パラジウムがさらに値上がりする可能性を述べて、強く両建を勧めた。原告はこのまま様子を見たいと述べたものの、Dが繰り返し両建を勧め、最善の方法である旨述べたので、原告はこれに応じ、一〇月限売一枚、一〇月限買五〇枚が建てられた。

(一〇)  Gは、原告に対し、平成九年三月四日、パラジウムの値動きについて説明し、辛抱すればチャンスを掴むことができる、また、入金時期について便宜を図る旨述べた。

(一一)  Dは、同年三月五日、値下がりしているので、一〇月限売一枚を仕切るよう勧め、原告はこれに応じた。

9(一)  Fは、同年三月六日、原告から六五〇万円以上借金している旨告げられ、その後、Dに対し、原告との取引について、資金がかかる取引は慎んで、建玉を減らすように指示した。

(二)  Dは、同年三月一三日に一〇月限買一〇枚を仕切り、翌一四日にも、パラジウムの値段が少し高いので、一〇月限買一〇枚を仕切った。

(三)  Dは、同年三月一九日、パラジウムが安いことから買建てを勧め、原告は、売建てを仕切ることを希望したにもかかわらず、Dの強い勧めに負けて、一〇月限買一九枚を建てた。

ところが、原告が、証拠金の入金について具体的な目処を立てることができない旨伝えると、Dは、月末までに入金がなければ手仕舞いする旨述べた。

(四)  Dは、値下がりの予想で、同年三月二四日、買一九枚を仕切ることを勧め、原告はこれに従い、翌二五日には、両建てを勧め、原告がこれに応じた結果、一〇月限買一九枚が建てられた。

(五)  Dは、同年三月二六日、月末に大きく値下がる可能性がある旨述べて、一〇月限買一九枚の仕切を勧め、原告はこれに従った。

(六)  さらに同年三月二七日、一〇月限売二四枚が仕切られた。

(七)  原告が、Dに対し、同年三月三一日、証拠金の用意ができなかった旨伝えると、被告は、全建玉を仕切った。

二  本件取引の違法性等について

1  勧誘方法について

(一) 前記のとおりであって、原告が、Bから、商品先物取引の投機性・危険性について、具体的にどの様な説明を受けたかは必ずしも明らかではないが、原告には既に商品先物取引の経験があって、取引の危険性や仕組についてはそれなりの理解・知識があったものと推認される上、証拠(乙九、一〇)によれば、原告は、平成八年八月八日のCの確認に対し商品先物取引の投機性・危険性について説明を受けた旨応答し、Fからの同月一四日の電話に対しても、値幅制限について知らないと具体的に説明を求めていることが認められ、原告は、元本保証ではなく、証拠金以上に大きな損失の出る取引であること等の商品先物取引の投機性・危険性については、理解していたものと認められ、また、商品先物取引委託のガイド等の書面の交付を受けていたのであるから、それを検討すれば取引の仕組みや危険性について理解できる状況にあったと認められる。さらに、Bの貯金感覚等の説明もセールストークとして取引上許された域を超えるものではないものと認められる。

したがって、被告従業員らが、原告に対し、説明義務違反に該当するような違法な勧誘をしたとまで認めるに足りる証拠はないというべきである。

(二) また、Bの原告に対する年齢、収入、資力に対する調査も、直ちに本件取引の勧誘行為の違法を基礎付けるとは解されない。

2  取引行為について

(一) 前記のとおりであって、被告従業員らは、平成九年一月二三日には預金がなくなり、同年二月三日には借金までして本件取引をしている状況にあって、その資力から見て原告が商品先物取引をする適格を欠くに至っていることを知りながら、これについて何ら考慮することなく、取引を継続・拡大させた。

また、被告従業員らは、原告の損失を回復したいという心情を利用して、手数料負担の増加や損失発生の危険性等の当該取引手法のデメリットを説明することなく両建を勧めてこれを繰り返すなどして取引が継続・拡大する方向に誘導しており、その傾向は、新規委託者保護期間が経過した後の平成八年一二月以降において顕著である。

すなわち、前記のとおり、本件取引の全取引回数三九回のうち、特定売買は、両建二四回、途転六回、日計り五回、手数料不抜け三回の累計三八回であり、重複分を差し引くと二六回(六六・六七パーセント)となり、また、本件取引において、損金は一〇二八万二七七四円、委託手数料は一六六万七五〇〇円であるから、手数料化率は一六・二パーセントとなり、取引期間は二三七日、取引回数は三九回であるから、売買回転率は月平均四・四九回となり、新規委託者保護期間経過後の一二月二一日後は月平均九・八二回(期間一一〇日、三六回)となる。

両建は、既存建玉に対応させて反対建玉を行うものであり、相場の変動によっては、手数料の負担をしても、両建をして相場の様子を見る必要が認められる場合もある。しかし、両建は、例外的、緊急避難的なもので、両建をしてなお利益を得るには、相場変動を見極め、一方の建玉をはずす時期を適格に判断するなど、相当高度な商品先物取引に関する知識と経験を要するものである上、損失の拡大を防止して、後日その回復ができるかのような誤解を生じさせ、因果玉を放置しながら、片玉を仕切って利益が出たかのような錯覚をもたらす取引手法であり、委託者に新たな委託証拠金と手数料の負担を余儀なくさせるものである。途転は、建玉を仕切って、即日それと反対方向の建玉を行うことであり、これが無定見、頻繁に行われると、委託者の手数料負担を増加させるだけに終わる。日計りは、新規に建玉し、同日内に仕切りを行うもので、合理的理由がない限り、手数料稼ぎの徴表として評価しうる。手数料不抜けは、売買により利益が発生したが、手数料に取られてしまって差し引きは損となっているもので、委託者にとって利益はないのであるから、その時点で仕切ることがやむを得ない理由がない限り、手数料稼ぎの徴表として評価しうる。また、既存の売建玉(または買建玉)を仕切って即日また売建玉(または買建玉)する売り(買い)直しは、通常、手数料の負担が増えるだけの、委託者にとって無益な取引である。(甲七、八、乙四の1、一七)

確かに、右特定売買がなされていることが、当該取引の違法性を直ちに基礎付けるものではなく、相場の変動によっては合理性を有することもあるが、通常は、右特定売買は手数料の負担が増すだけで委託者にとっては意味のない取引であることを考慮すると、特定売買が本件取引のように極めて高い割合で行われ、手数料化率が低くなく、売買回転率が高いことは、特別の事情あるいは合理的理由の無い限り、本件取引が、被告従業員らの誘導によってなされた無意味な反復売買であることを推認させるものである。

(二) 原告は、本件取引において一任売買あるいは無断売買がなされた旨主張し、確かに、原告が限月、枚数、値段を積極的に指示したとまでは認められないが、原告は、被告従業員らの勧めに応じて取引の概要は把握しながら取引をしていたものであって、取引の都度被告従業員らから報告を受けてこれに対して異議を述べたこともないのであるから、一任売買あるいは無断売買とまで認めるに足りない。

(三) また、被告は、原告が借入をしていることは、平成九年二月二一日まで知らなかったとし、これに沿う証拠(乙二六、証人D)もあるが、証人Dの供述は、原告の借金を知った時期が曖昧であるうえ、被告において平成九年一月二三日以降委託証拠金の預け入れを猶予していることからして、採用できない。

(四) 被告は、原告が、値動きを分析するなどして、売難平方針を維持し、損失の回復に固執して取引を継続・拡大した旨主張する。確かに、大きな損失が発生していることからすると、原告は、何とか、値動きが反転するまで待って、損失を回復したいと考えていたものと推認されるが、資金力もないのに、取引の頻度、枚数及び証拠金の額を増加させたことについての原告の具体的見通し、相場観は明らかではなく、Dにおいて手仕舞いについて具体的な助言をした様子もなく、また、Dは、その勧めに従って本件取引がなされたことも否定しないのであるから、結局、原告はDやGの勧めるがままに取引をしていたというほかない。また、被告は、原告が、証拠金を預けずに建玉を仕切って対応するとの申出があったので仕切った旨主張するが、原告は遅れながらも預け入れをしており、また、仕切りで利益を出しても、翌日には、買建玉をするなどしていることと矛盾し、採用できない。

また、被告は、チェック基準について、原告主張のような具体的な指導基準の存在を否定し、対象も目的も異なる上、平成一一年四月から廃止されており、チェック基準に反するからといって、本件取引を違法とすることはできない旨主張する。しかし、前記(一)のとおりであって、特定売買の問題性に鑑みると、被告の右主張によっても、本件取引における特定売買の割合や手数料化率、売買回転率の持つ意味が変更されるわけではなく、右推認が妨げられるわけではないというべきである。

3  商品先物取引は、少額の証拠金による一定期間内の差金決済という方法で多額の取引を行うもので、当該商品の将来の生産状況、市場の需要等極めて予想の困難な価額変動要因に依拠する面が強く、種々の専門的な知識及び判断力を必要とし、相場の激しい変動に伴って、多額の損失を被る危険性がある、極めて投機性が強い取引であることは、本件取引の経緯に照らしても明らかである。したがって、右取引の専門家である商品取引員及びその従業員は、商品先物取引について十分な知識と経験を有しない者が、安易に商品先物取引をし、本人の予測し得ない大きな損害を被ることの無いように努めるべき高度の注意義務があるというべきであり、商品取引員及びその従業員が、自らの利益獲得のために、委託者に損失を被らせる目的の元に行動することは、違法性を有するといえる。商取法においては、顧客に断定的判断を提供して委託を勧誘すること、一任売買をすることを禁止し、受託者業務基準においても、委託者の十分な理解が得られないまま過度の取引を勧めること、委託者の意思に反しての同時両建または引かれ玉を放置しての両建等を勧めることを禁止している(商取法九四条一号、三号、取引所指示事項2(1)、甲二ないし五)。

そして、前記のとおり、被告従業員らは、本件取引において、右注意義務を怠り、短期間に多数回の反復売買をし、原告の資金力を超えた範囲まで取引を拡大させたたもので、右被告従業員らの行為は本件取引全体を通じて見た場合不法行為を構成する違法有責な行為と認められ、その使用者たる被告は原告に対し、民法七一五条に基づく損害賠償責任があるというべきである。なお、原告は、本件取引は、被告の組織的行為であるから、被告に直ちに七〇九条の責任が生じる旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

三  損害

1  本件取引によって生じた損金は、前記のとおり一〇二八万二七七四円である。

2  本来、先物取引は、委託者の自己責任においてなされるべきものであり、前記のように本件取引は積極的とまではいえないまでも原告の意思に基づいてなされたものであり、原告は、被告従業員らの勧めに直ちに従っていたわけでもないこと、本件取引の結果についてその都度報告を受けて取引内容を把握していたこと、商品先物取引の経験が全くないわけではなかったこと、原告が損失の回復にこだわって資力を超えて取引をした側面も否定できないことからすると、本件取引における損失の発生拡大については、原告にも相当の落ち度があるといえる。

したがって、本件取引による損害賠償については、右の点及び本件に現れた全ての事情を考慮して、原告の過失割合を五割として右損害額から控除し、五一四万一三八七円とするのが相当である。

3  また、弁護士費用については、本件事案の内容等に鑑み五〇万円とするのが相当である。

四  よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、民法七一五条に基づき五六四万一三八七円の損害賠償を請求する限度で理由があるから、主文のとおり判断する。

(裁判官 戸田彰子)

<以下省略>

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